シッダールタ・ムカジーは、私が最も敬愛するサイエンスライターだ。 彼は物語の名手であり、専門知識も一級品、さらには行間に溢れる情緒が読む者の心を揺さぶる。一冊の著作でこの三つの要素を完璧にこなし、かつそれらを一つのテーマに高い次元で融合させられる作家は、世界中を探してもそう多くはない。
本書は、人類とがんとの闘いの歴史であると同時に、科学技術の進歩の記録でもある。
太古の昔から、がんは人類に影のように寄り添ってきた。古代の人々は、がんを表面的な症状でしか捉えることができなかった。古代ギリシャ人は体内に寄生する「強欲な蟹」と呼び、古代中国人はその病を「岩石のように硬いもの」と形容した。現代医学は私たちにこう教える。がんは、人間の遺伝子の中に潜む「反逆のプログラム」であり、起動の瞬間を待ちわび、複製、略奪、破壊、そして拡張を繰り返す存在であると。哲学的な言葉を借りるなら、がんは「影の自己」である。それは死という宿命を拒絶し、黒魔術を手に永遠の生を渇望する「狂狂しい自己」なのだ。 しかし、その狂った力がひとたび主導権を握れば、弱き真の自己を容赦なく食い尽くし、最後には自らもその狂気の中で滅びゆく運命にある。
私の博士論文のテーマはがんワクチンの研究であったため、本書を読んでいる間、知識と感情が記憶の中で共鳴し合うのを何度も感じた。がん克服への道のりにおいて、私たちはどこを歩み、今どこに立ち、ゴールまであとどれほどの距離があるのか。偉大なる先駆者たちは、この道を歩み続け、やがて疲れ果てて足を止めた。そして今、あなたや私がそのバトンを受け継ぎ、前へと進んでいる。いつか私たちも疲れ、足を止める日が来るだろう。だが、それが何だというのか。私たちの後継者たちがまた次々と現れ、私たちが到達できなかった遥か先まで歩みを進めてくれるのだから。
ムカジーの著作の素晴らしさは、高度な専門知識がなくとも読書の愉悦を味わえる点にある。それどころか、かつて教室で学んだ断片的な知識を呼び起こし、記憶の点と線を繋いでくれる。もしこの本でがんに興味を持たれたなら、著者の他の二つの傑作、『遺伝子』と『細胞の歌』も併せてお薦めしたい。
