戦争と平和

レフ・トルストイ

1869

学生時代に読んでいた本のほとんどは小説だった。ある時、研究室の先輩から「もっとノンフィクションを読みなさい。小説なんて大して意味がないよ」と言われたのを覚えている。当時の私にはその言葉の真意が理解できなかったが、象牙の塔を離れ、社会に足を踏み入れてから、ようやくその考えに同調し始めた。自分が身を置くこの現実世界に対して、より強い関心を持つようになったからだ。この世界でかつて起きたこと、今起きていること、そしてこれから起きようとしている物語を、私は渇望するようになった。一方、小説は別次元の世界のものに思えた。こうして次第に、私は小説を熱心に読まなくなり、ついにはどこか小説を軽んじるようにさえなった。リラックスしたい時にたまに食べるジャンクフードのようなものだ、と。

しかし、その認識は『戦争と平和』を読んだことで一変した。

この本から受けた感覚を一言で表すなら、それは「衝撃」である。その衝撃をどう形容すべきだろうか。

『戦争と平和』は、まさに叙事詩である。壮大な戦争シーンの再現もさることながら、数えきれないほどの登場人物たちの造形には、作者の底知れぬ想像力の海に飲み込まれずにはいられない。トルストイはリアリズムの巨匠である。読者はあたかも登場人物たちのすぐ傍らに立っているかのような臨場感を覚え、彼らの表情や動きを克明に目にし、対話や独白を聴き、その喜怒哀楽を我がことのように感じるのだ。そして、トルストイの筆致はそれ自体が芸術である。例えば、次の有名な一節の描写力はどうだろう。

ロストフが入ってきてから、彼女の顔つきは突如として変わった。それは、四面に彫刻と彩飾が施された灯籠のようだ。もともとは無骨で暗く、粗末に見えるが、ひとたび内側から火が灯されると、その複雑で精巧な芸術品は、予想もしなかった驚くべき美しさを突然露わにする。マリア公爵令嬢の顔つきが変わったのは、まさにそのようであった。

『戦争と平和』には、「歴史」への探求と「哲学」的な思索が縦横に織りなされている。「歴史上の英雄の意志は、大衆の活動を導くどころか、むしろ常に導かれる側にあるのだ」とトルストイは記した。自由、死、宗教、愛……作中に現れる数々のテーマについて、ある瞬間、私はピエールの脳裏に自分自身の思考を見つけて驚き、また次の瞬間には、アンドレイ公爵の瞳の中に、かつて自分が見た幻影を見るのである。読者である私は、しばしばページを繰る手を止め、思考に沈まざるを得ない。それらの問いを理解し、解決しようと試みる。なぜなら、それらは私自身の問題でもあるからだ。

世の中には、読み終えて本を閉じた時、開く前の自分とは違う人間になっている、そんな本がある。私にとって『戦争と平和』は、まさにそのような一冊だった。この本は、私の中での「小説」の定義を根本から作り替えてしまったのである。

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