小保方晴子日記

小保方晴子

2018

小保方晴子の手記『あの日』を読み終えた後、私の心はいつまでも静まることがなかった。それは科学的な真実への関心からではなく、この社会が持つ真実――その冷淡さと無情さを突きつけられたからである。

自分の意思とは無関係に命が尽きそうだ、と感じた時、目の前に浮かぶのは今にも消えそうなロウソクの火。

生命とは、この冷たく、灰色の世界で無力に揺らめく微かな灯火のようなものだ。全身を覆い尽くす憂鬱、病に蹂躙された肉体、眠れぬ夜。薬の力を借りてようやく眠りについても、目覚める直前まで繰り返される悪夢。怒り、悔しさ、疑念、孤独、恐怖……あらゆる負の感情に一分一秒たりとも休まることなく支配される。それに対抗する術といえば、ただ流し続ける涙しかない。人は一体、どうやって生きていけばいいのだろうか。

消えてほしくないと焦った気持ちは本能だった。幾度となくその焦りを経験し、いっそそのこと吹き消してしまいたいという衝動にも駆られながら必死に守っていた。

それは、希望なのだろうか。パンドラの箱の底に封印された、最後の希望。目には見えても決して手に入らない希望。生きている人々に何度も苦痛と絶望を与えるために存在する希望。滑稽な希望。罪深き希望。いや、希望ではない。この世にはきっと、人が生き抜くための別の力が存在するはずだ。

ずっと自分の火を一人で守ってきたと思っていた。でも私にはロウソクが消えそうになっても火を分けてくれる人がいたと知ったのだ。

それは、人と人との「繋がり」である。最も信頼する親友たちからの友情であり、かけがえのない家族からの愛情である。社会の中で自分を理解し、励まし、手を差し伸べてくれた人々からの同情であり、自分を一人の人間として扱ってくれたすべての人々からの共感である。それは「愛」という名に他ならない。愛があってこそ、この世界にはようやく温もりが宿り、色彩が生まれるのだ。

私は分けられた火をまた誰かに分けながら生きていく。今日の日記にはそう書くつもりだ。

最後の一行を読み終えた時、涙が溢れて止まらなかった。

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