恥ずかしながら、私が心理学の本を読み始めた理由は、「心理学を読んでいなかったから」だ。 ある時、心理学に興味がある人にどんな本を薦めるべきか聞かれたことがある。懸命に記憶を辿ってみたが、いわゆる「まともな」心理学の本を一冊も読んだことがなく、薦められるような知識が何一つないことに気づいたのだ。それ以来、私は意識的に心理学の著作に触れるようになった。
心理学には、どんな役に立つのだろうか。
精神分析が誕生したばかりの頃、フロイトやユングといった人々は、学界では冷遇されていた。なぜなら、心理学は「科学的」ではなかったからだ。言い換えれば、心理学は正誤を証明することができない学問だったのである。もしフロイトが私の鼻先を指差して、「君の悩みの根源は、心の奥底にあるエディプス・コンプレックスだ」と言ったとする。私が激怒して「出鱈目だ!」と反論したとしても、彼はただ笑って「その怒りこそが最高の証拠だ」と言うだろう。これでは反論のしようがない。
しかし、本書の著者である楊先生はこう記している。
治療理論や人格理論において最も重要な『根本』は、それが人を救えるか、人を健康にできるかにある。もし答えが『イエス』なら、科学的に検証可能であることは、いわば『錦上添花』であり、検証できなくても大きな問題ではない。この世界には明確な筋道がある面と、曖昧で混沌とした面の両方が存在する。したがって、私たちは次のような信念を持つべきだ。経験によって証明された真理と、科学によって証明された真理は同等の価値を持ち、どちらも私たちの健やかな成長を促す最も重要な資源である。
今日、心理学が「有用な」学問である価値を疑う者はいない。心理学は多くの専門分野に分かれ、私たちの生活のあらゆる側面に浸透している。また、楊先生の鋭いまとめを補足するものとして、リチャード・ファインマン教授の次のような言葉を引用したい。
ある事柄が科学ではないとしても、それが必ずしも悪いことではないという点を、最初から明確にしておかなければならない。例えば、愛は科学ではない。だから、あることが科学ではないと言われても、そこに間違いがあるわけではなく、単にそれは科学ではないというだけのことなのだ。
もし今、心理学に興味がある初心者にどんな本が適しているかと聞かれたら、私は真っ先にこの『成語の中に隠された心理学』を薦めるだろう。本書は心理学用語の解説をテーマにしており、各章で一つの成語から心理学の概念を導き出し、深く掘り下げていく。また、全編にわたって人生の哲理と名言に溢れており、人としての在り方を教えてくれる。
特に私が感銘を受けたのは、防衛機制に関する次の一節だ。
防衛機制は潜在意識のレベルで起こるものだが、それを理解することは、潜在意識下にある心理活動を意識のレベルへと引き上げる助けとなる。これは自分自身をより深く知るだけでなく、自分の『第二反応』に追いつくことを可能にする。自己覚知を促すだけでなく、不安を感じさせる問題を理性的に解決することにも役立つのだ。
まさに私にとって心理学とは、自分を再発見させてくれる学問である。自分を知れば知るほど、より良い自分になれるのだ。
